エリさんのお話
勉強を始める。
ママの私にとって、
それは冒険。

彼女はこの町が好きだ。身近に自然が感じられて、子どもと一緒に遊ぶ時間は幸せだ。休日にクルマをちょっと走らせて、家族でキャンプを楽しんだりすることもある。でも、ここは自分の意志で来た町ではない。夫の転勤で来た町だ。
自分の意志がすべてというわけではない、と彼女は思う。でも心のどこかで、モヤモヤした何かがくすぶっている。育児や家事で目まぐるしく動いている時には忘れられるけれど、一人になった時にふと現れるモヤモヤ。それは、この町へのモヤモヤではなく、自分の生き方とか将来に対するモヤモヤだ、と自覚している。
彼女は大学卒業後、大手広告会社で営業職として活躍していた。大きなキャンペーンに携わったこともある。いろんな出会いや刺激、つまずきや達成感を味わいながら駆け抜けた二十代。はた目には華々しい人生に見えたかもしれない。でも彼女の心の奥底には、「私はこの先、どんな私になりたいんだろう」「会社の看板がなかったら、私は何ができるんだろう」という自分への問いが時折かすめた。

「このままこの幸せが続いてほしい」と彼女は切に思う。その一方で、「私、このままでいいのかな」と思う自分もいる。ママとしてそんなことを考えちゃダメだ、と思う自分もいる。でも、何かを抑えて生きていく私の姿って、子どもにとって幸せなことだろうか、と思う自分もいる。矛盾、葛藤、ジレンマ…。でも、確かに言えることは、どの私も全部、本当の私だ。
子どもが二歳になった頃、彼女はフリーランスの仕事をする機会を得た。広告会社時代の先輩の縁を頼って、かつての職務経験を活かせる仕事。「ママとして片時も子どもから目を離したくない」という考えにとらわれていた彼女にとって、子どもを保育園に預けなくてもできる仕事、というのは心の支えになった。そして、失いかけていた自分をふたたび取り戻した感覚がした。社会の中で誰かの役に立ち、「ありがとう」と感謝の言葉をもらえる。そんなささやかなことが、彼女の中で大きな喜びとなった。
もちろん、すべてが順調だったわけではない。気持ちばかり先走って焦ったり、自分の至らなさを痛感してヘコんだり。さまざまなことを経験する中で、彼女の中に新たな願望が芽生え始めた。自分が心底やりたいことを仕事にしたい。自信を持って人の役に立てる仕事がしたい。そのためのスキルを身につけたい。私が、私らしくあるために。

いろんなコースがある中で、彼女がUXデザイナーを選んだのは、ほぼ直感だ。「デザイナー」という響きに惹かれた、というのが正直なところ。でもそれは私が将来、自分らしく輝くためにふさわしいスキルに違いない、と彼女は確信した。「ママはね、UXデザイナーなのよ」と、我が子にちょっと得意げに語る自分の姿が想像できた。
「私に足りなかったのは、ほんの少しの勇気かもしれない」と彼女は思う。振り返ると、本当は英語に興味があったのに、学生時代に海外留学のチャンスを踏みとどまってしまった。広告会社で働いていた二十代の時にも、私費で海外留学する計画を綿密に立てたのに、やはり直前で踏みとどまってしまった。新しい変化に臆してしまい、無意識のうちに諦める理由をつくってしまう自分がいた。
でも今、ママとして忙しくて幸せな日々を送っている自分が、寝る間も惜しんでUXデザイナーの勉強に没頭している。諦める理由なんていくらでもつくれるのに。「ママと勉強、果たして両立できるだろうか」という不安はもちろんあった。けれど、「流れに身を任せてみたら?」という友人の何の気ない言葉が、彼女の背中をポンと押した。かつて新たな世界への一歩を踏みとどまっていた彼女は今、ちょっとしたひと言で一歩踏み出せる彼女になっていた。
仙台の自宅に居ながらできるオンライン学習ではあるけれど、授業も課題もプレゼンもすべて英語で行われる。内容も実践的でハイレベルだ。でも、何とかなっている。メンターがついて、彼女の強みや弱みを理解し、アドバイスしてくれる。時々、勇気づけてもくれる。たまに叱ってもくれる。ある時、課題のプレゼン資料について、インド人のメンターから鋭く指摘された。「なぜ、UXデザイナーという肩書を入れていないの?」「いや、まだ勉強中の身だから」
そうだ、そんな気後れなんて要らないんだ、と彼女はハッとした。同時に、昔からモヤモヤと心の中にあった「私って、何者なんだろう?」という自分への問いへの答えがほの見えた気がした。
ファンキーなお婆ちゃんになりたい。彼女は今、遠い未来の自分の姿を思い描くことがある。家庭と仕事、どっちを取る?というのではなく、どっちも取る。しかも、しなやかに。
ママをしながら、子どもの成長に応じてしなやかに仕事のウェイトを変えていく。夫の転勤でどこに住むことになっても、居場所に関係なくしなやかに仕事ができるスキルを身につける。何歳になっても、どこに居ても、「私は、私」と胸を張って言える生き方。
ある日突然、劇的な変貌を、などとは思わない。失敗したりもがいたりしながらも、目の前のことに地道に真摯に取り組んで、少しずつ成長を重ねていく。UXデザイナーの勉強は小さな一歩かもしれない。でも、彼女にとっては冒険の大きな一歩だ。
平日の昼下がり、木漏れ陽の静かに揺れる一本道を歩きながら、彼女はそっとほくそ笑む。「私の長い長い冒険は、まだ始まったばかり」
そうだ、そんな気後れなんて要らないんだ、と彼女はハッとした。同時に、昔からモヤモヤと心の中にあった「私って、何者なんだろう?」という自分への問いへの答えがほの見えた気がした。
ファンキーなお婆ちゃんになりたい。彼女は今、遠い未来の自分の姿を思い描くことがある。家庭と仕事、どっちを取る?というのではなく、どっちも取る。しかも、しなやかに。
ママをしながら、子どもの成長に応じてしなやかに仕事のウェイトを変えていく。夫の転勤でどこに住むことになっても、居場所に関係なくしなやかに仕事ができるスキルを身につける。何歳になっても、どこに居ても、「私は、私」と胸を張って言える生き方。
ある日突然、劇的な変貌を、などとは思わない。失敗したりもがいたりしながらも、目の前のことに地道に真摯に取り組んで、少しずつ成長を重ねていく。UXデザイナーの勉強は小さな一歩かもしれない。でも、彼女にとっては冒険の大きな一歩だ。
平日の昼下がり、木漏れ陽の静かに揺れる一本道を歩きながら、彼女はそっとほくそ笑む。「私の長い長い冒険は、まだ始まったばかり」




